横浜の整体で施術可能な肩こり

横浜の整体、サンフラワーカイロプラクティックでも扱っている肩こりは、多くの方が悩みを持つ症状です。肩こりの原因で最も多く見られるのは、背中の姿勢が丸まってしまい、肩の位置が前側になってしまう状態です。



胸側の筋肉が縮こまることで肩甲骨は外側に変位してしまい、肩甲骨の裏側のあたりも変形してしまう状態です。そして背骨のカーブが丸まることで歪みを生じやすくします。



背骨は正常な状態でも後彎と呼ばれる後ろにカーブした状態です。肩甲骨が外側に変位することで後彎が強くなってしまい、背骨の丸まった状態で固まり変位をします。



これがいわゆる猫背の状態のことです。これによって方の周りの筋肉にまで余計な負担がかかってしまい、肩こりが生じるのです。



胸側の筋肉が縮こまることで固まってしまっている状態では前に肩が引っ張られてしまうために、肩甲骨の裏側あたりを緩めたとしても、胸側の筋肉の縮こまった状態の解除がされないままなので、肩こりはすぐに戻ってしまいます。胸側の筋肉をしっかり伸ばすことで、肩が正常な位置に収まりやすくなります。



肩周りのバランスが安定することから筋肉が緩むため、肩こりの改善につながっていきます。横浜の整体に行く時、頭痛の原因を考えてみましょう。



まず、頭痛の原因として、頭の位置があります。デスクワークの方に多い状態ですが、前に頭が突き出てしまっていることバランスを崩しています。



頭はボーリングのボールと比較されるくらいの重さがあります。重いものを支えようと試みた時に、身体の中心から離れた位置にあった場合に、それを支えるのには多くのエネルギーを必要とします。



その結果、頭痛につながるのです。




Filed under: ブログ — 12:38:00

敏感肌の女性でも安心して使える美容液

OLをしている私の勤めている職場では、自分に合った化粧品を探すために苦労している女性スタッフが少なからず見受けられるようです。

 

その中の、ある同僚などは、さまざまなバリエーションの化粧品を試してみたものの、みずからの適性やニーズ、希望条件に見合ったものが見つからず、ほとんどの商品を、一度使用して捨ててしまったと言っていました。

 

そのような状況におちいると、思った通りの美容効果を得ることが出来ないばかりか、化粧品探しをするために多くの時間やエネルギー、コストをいたずらに消耗することにもなってしまいますから、注意を払いたいものですね。

 

そんな同僚の悩みを聞いて、私は、株式会社リソウのリペアジェルを使ってみることをすすめました。
http://www.skincare-univ.com/brand/risou/

この商品は、石油系の防腐剤や酸化防止剤が配合されておらず、植物由来の成分だけでつくられていますので、お肌に与える刺激が少なく、敏感肌の女性でも安心して使用することが出来ます。

 

そのあたりの事情から、他社の製品を使ってみたものの、刺激が強過ぎて肌に合わなかったと言っていたその女性も、リペアジェルの優しい使い心地にはたいへん満足していたようです。

 

また、この商品には、水や油分が含まれておらず、百パーセント美容成分だけで構成されておりますので、さまざまな種類の基礎化粧品の役割を一本で果たすことが出来るというメリットもあります。

 

そうしたことから、忙しい朝に、スキンケアをする手間暇が省けて、たいへんありがたいという感想を持っていたようです。そういう風に、たいへん濃度の高い商品であるために、省スペース性が高く、日常的なビジネスシーンや外出、業務出張などの際に持ち運ぶのにも、非常に使い勝手が良いと言われております。

 

そして、リペアジェルは原液のままで、経済的に使用することが出来る他、テクスチャーを緩めて、さらっとした感覚で使うことも可能になるというアドヴァンテージもあるということです。

Filed under: 管理人のひとりごと — 15:16:00

中古車なら認証自社工場完備のディーラーを

車に限らず機械というものを維持するのに、一番大切なものは整備(メンテナンス)です。

 

その一番の基本は触るという行為で、一番簡単な整備は掃除です。

 

家電の場合ですと、電子レンジの中の汚れを掃除する、外の埃を掃除する。エアコンの場合ですと、フィルター(最近は自動ですが)を掃除する、噴出し口などの埃を掃除するなどで、掃除などで触ることにより、ネジの緩みや異物の混入などに気づくことがあります。

 

車の場合は、それが洗車になり頻度が増えると前回との違いにも気づきやすくなるのです。車に詳しくない方でも簡単にできる整備の第一歩です。

 

最初に維持という言葉を書いたのは、維持費という点に着目して欲しいからです。車を安く維持させるのに大切なことは、マメな整備です。これは人間でも同じなのですが、小さな異常を放っておいたために、いつの間にか取り返しのつかないことになってしまうことがあります。

 

洗車を行い小さな異常に気づくように心がけ、定期的な点検を怠らない。そうすることにより、事故や故障を防げるようになるのです。小さな手間や出費をケチったせいで、大きな出費になってしまうと維持費どころの騒ぎではなくなってしまいます。

 

本格的な整備となると、自分で行うよりも工場に出し本職の方に任せるのが一番なのですが、自社工場と陸運局認証工場となると雲泥の差になります。何か会社をやっていて倉庫の端に工具が置いてあったとしても「自社工場」だといえます。

 

陸運局は車両の登録や車検などを総括する列記とした国土交通省地方運輸局の組織であり、そこが認証した工場となると正式な整備工場となります。

 

CSオートディーラーは認証を受けた工場を完備しているという点が他と違うと思いました。車を買うときに「整備渡し」という言葉を耳にすると思いますが、外注で出しているのか、それとも自分たちでやっているのかはっきりしません。

 

認証工場をもっているということは、ちゃんとした工場がそこで整備しているということになります。これだけの整備をやってなおかつ保障もついて、修理も行える。売る車、売った車には、責任を負いますということだと思います。

Filed under: 管理人のひとりごと — 16:25:00

城はその土地を支配する者の象徴


城というのはその土地を支配している者の象徴でもありました。
平素は大名の住居として使用されていた城ですが、戦時には要塞として使用され戦の最重要拠点とされたのです。


その為、戦に敗れ城が落城、もしくは野戦に負けた後に開城したという事はそこを支配していた人間のシンボルが奪われるという事なので、大名達は城をいかに強固にするかという事に日々知恵を使い研究を重ねていたのではないでしょうか。
築城の名人と言えば豊臣秀吉や藤堂高虎が挙げられますが、その中でも豊臣秀吉が築城した大阪城は正に天下を支配するのに相応しい名城だったようです。


今では仕事も引退し、城巡りを楽しんでいる私。
孫を連れてゆっくり旅行する時間もできるようになりました。


以前孫を連れて大阪観光がてら大阪城に行ってきたのですが、その壮大さや重厚な造りには圧倒されました。
しかも当時はこれより更に凄かったというではありませんか。


豊臣秀吉が天下人である事をしらしめ支配者としての地位を確立する為に造られたと言っても過言ではない大阪城は、当時誰が何万の軍勢を率いて攻め込んでこようが落城する事はないと秀吉が言うほどのものだったようです。
正に戦乱の世を生き抜き、天下人にまで上り詰めた秀吉が全ての知恵や知識を注いで築上されたのが大阪城というわけです。


様々な城を巡ってきた私ですが、いまだにこの大阪城よりも感動を覚えた城は見た事がありません。
これから先そういう城に出会える事もあるかもしれませんけどね。


まだまだこの国には名城と呼ばれる城は沢山存在しているので、順番に見てまわってみようと思います。




Filed under: お城めぐり — 19:21:00

城の普請をする人間により城の能力が決まる


戦国時代には実に数多くの大名や武将が活躍していました。
織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などの天下を取る寸前までいった大名や実際に天下を掌握した大名、上杉謙信のような軍神と呼ばれ戦で数多くの伝説を残したような大名に、武田信玄のように織田家や徳川家からも恐怖の対象とされていた大名など数えだしたらキリがありません。


そんな戦国大名達の住居であり、戦時には要塞となるのが城です。
この城というのはそれを普請した大名などにより様々な工夫がとられてきました。


普請とは城を築城したり改修したりする事を言います。
今日本に現存する城の多くは戦後に新たに再築されたり大幅な改修を施されたものが多いようです。


私は定年退職したあと様々な城を見てまわってますが、そのほとんどは戦後に改修されたものでした。
戦国時代、城を普請するうえで最も重要視されたのが虎口だと言われています。


虎口とは城の入口の事で、そこには普請を担当した人間の知恵、国を挙げての技術が注ぎ込まれ、いかに効率よく敵を防ぎ殺傷するかという事に重点が置かれたと言われています。
つまり城の普請をする人間により要塞としての能力が大きく変わってくるというわけですね。


私はまだそんなに多くの城を見てまわってないのですが、今度は孫を連れて虎口が今も残る城を見に行ってみたいと考えています。
まずは大阪城に行ってみたいですね。


大阪城は二代将軍徳川秀忠の代に大規模な普請がなされ、それを担当したのが築城の名人と言われる藤堂高虎です。
私も歴史上で好きな人物が藤堂高虎なので普請に関わった城は是非見てみたいのです。



Filed under: お城めぐり — 19:21:00

大名の住居と要塞としての城


城は大名の居城としての役割と、戦時中は要塞としての役割を持っていました。
その為各地の城には大名達の様々なアイデアが盛り込まれたものなどもあり、要塞として強化するのは当然の事となっていたようです。


私が城を魅力に感じるポイントの1つは要塞機能としての工夫です。
特に城の虎口と呼ばれる部分は城の出入り口でもあるのですが、攻城戦などの場合最も危険な個所として認識されていました。


城の虎口からは自軍の兵士は勿論の事、籠城時には敵勢がそこからなだれ込んできます。
その為、虎口には最新鋭の防御構造を用いたり、敵を効率的に殺傷する為の様々な工夫がされていたのです。


その為攻め手側としてはいかにこの虎口を攻略するかが城攻めで最も重要な事と認識されていました。
私は仕事を辞めてから様々な城を巡ってきたのですが、今では当時の虎口が現存している城は少ないようで、あまり見た事がありません。


築城が得意な大名の一人に豊臣秀吉が挙げられます。
その秀吉がその持てる技術を全て注ぎ込んで築城したのが大阪城です。


大阪城にはいくつもの曲輪や堀が存在し、まさに鉄壁の難攻不落の城と言われていたようです。
秀吉自ら軍を率いても落城は難しいとまで言ったとされるこの城は、後の天下人徳川家康すら攻略にてこずったのは有名な話ですよね。


徳川家康は秀吉が死んだあと、天下を取る為に豊臣家と戦をするのですが、その際大阪城の堀を土で埋めるという条件で一度和睦します。
結局堀を埋められた大阪城は防御力が下がり、落城に繋がったのです。


大阪城は以前孫と一度だけ行った事があるのですが、また行ってみたい城の一つです。




Filed under: お城めぐり — 19:21:00

城の堀は城を守る重要な要


日本の城というものは芸術性と機能性を兼ね備えた日本の宝です。
戦国時代には要塞として、そして大名の居城としても使われ戦闘時も平時もその地域のシンボルとして扱われてきました。


そんな城には堀というものがあります。
堀とは城の周りを囲っている水を溜めている部分の事を指します。


これは何の為に存在するのかというと、敵の侵入を防ぐ為に存在するのです。
城が大好きで各地の城を巡り歩いている私は沢山の堀も見てきましたが、城によって堀の大きさや造りなどもそれぞれ違うんですよね。


一度孫と訪れた城では、孫が泳いでみたいなんて呑気な事を言っていましたが、戦国時代の攻城戦などでこの堀に落ちるという事はすなわち死を意味していました。
勿論数多い戦国時代の戦の中では、人数にものを言わせ無理やり堀を渡るという荒業を仕掛けた武将もいるようですが、それは最終的な手段と言えるでしょう。


城からは当然そこを守る兵士が弓や鉄砲を次々と撃ちかけてくるのですがから、堀のような隠れようのない場所では狙い撃ちにされてしまいます。
その為、攻城戦ではいかに堀を避けて攻略するかという点が重要視されたようですね。


定年後に私は色んなお城に行きましたが、まだ大阪城には行けてません。
大阪城は豊臣秀吉の居城として有名ですが、その城は正に当時難攻不落の城と評価が高かったようです。


堀の重要性を知っていた秀吉は築城の際に堀に力を入れました。
秀吉没後の大阪の陣では徳川家康が大阪城の堀を埋めたというのは有名な話ですよね。



Filed under: お城めぐり — 19:21:00

岐阜城の天守閣から見る景色は最高


この国に現存する多くの城はそのほとんどが有名な観光スポットなどとなっており、毎年多くの県外からの観光客や地元の城好きな人を迎え入れています。


定年後城を巡り歩いている私などもそうで、今では一ヶ月に二回は必ず各地の城を訪れては当時の模様などを思い浮かべています。
観光スポットとなっている城などでは天守閣からかつての城下町を眺める事も出来るので、それも大きな魅力となっているようですね。


私はよく一人で天守閣からその雄大な景色を眺めたものですが、以前孫を連れてきてやった時にはそのあまりの高さに泣き出してしまいました。
城の素晴らしさは天守閣だけでなく様々なところにあります。


戦闘要塞として当時重要視された城は数多くの仕掛けなどもなされています。
それらを見ていると当時の戦国武将のやり取りや鬨の声を挙げる兵士達の声が聞こえてきそうになるのです。


私が訪れた城はまだそんなに数多くないのですが、東海四県の有名な城はほとんど行きました。
名古屋城、岡崎城、犬山城、岐阜城、浜松城などでしょうか。


どの城もとても素晴らしいものだったのですが、その中でも岐阜城の天守閣から見る景色と、岐阜城から降りる際に乗ったロープウェイから見る景色は本当に素晴らしかったです。
岐阜城は正に天然の要塞ともいうべき場所に建っており、織田信長が居城としたことはあるなと感じました。


岐阜城に登るにはロープウェイを使う事も出来るのですが、登山道もあるのでそちらから登るのが通というものです。
もちろん、体力的には少し厳しくなってきましたが、城巡りのためにも日々散歩は欠かさず行っています。



Filed under: お城めぐり — 19:21:00

戦国時代に活躍した城を見るのが趣味です


城は戦国時代において大名達の居住地であり武器庫でもあり、重要な戦闘要塞でした。
その為城にはいくつもの戦闘に備えた仕掛けがされており、その一つが鉄砲狭間です。


鉄砲狭間とは城の塀などに空いている三角や四角の穴の事で、そこから鉄砲で敵を狙う為に施されたものです。
一般的にはその鉄砲狭間から敵を狙うという事はそれだけ近くに敵がいるという事なので、落城寸前の事を表しています。


実際私は色々な城の鉄砲狭間を目にしてきましたが、そういうのを目の前にすると61歳の老いぼれと言えど血が熱くなってしまいました。
歴史好きな私にはこういう当時を知る事の出来る仕掛けなどは本当に嬉しいもので、年甲斐もなくわくわくしてしまいます。


戦国時代の武将で一番好きなのは上杉謙信なのですが、上杉謙信が居城としていた城は現存しないようで、城跡だけが残されているようです。
上杉謙信は戦の天才と呼ばれた戦国武将で、武田信玄や織田信長には最も警戒されていた戦国大名です。


数々の伝説を持っており、戦の最中に鎧などを見に付けず軽装のままで槍一本担ぎ、敵の矢や銃弾が飛び交う中悠々と酒を飲んだというような恐るべき伝説まで存在しています。
その戦ぶりは正に神憑り的とも表現されるもので、カリスマ性と天性の戦勘は当時どの戦国大名も太刀打ちできなかったのではないかと思います。


私は定年してから、今まで以上に城を巡り歩いていますが、まだ上杉謙信の居城であった春日山城跡には行った事がないので今度孫を連れて是非行ってみたいと思っています。




Filed under: お城めぐり — 19:21:00

城や城郭を巡るのが大好きです


仕事を定年退職した私は全国に現存する城郭を巡るのが唯一の趣味です。
歴史が大好きな私は城を見るのが昔から大好きで、よく休日には城を巡ったものでした。


今定年後で何もする事がないから全国の城を制覇してやろうとしているところです。
戦国時代に多くの戦火にさらされた城郭はそのほとんどが明治時代に取り壊されたりしました。


かろうじて取り壊しを逃れた城も今度は世界大戦により焼失したり倒壊したりしたのです。
戦国時代の名残を色濃く残す城を取り壊すなんてとんでもないと思ったのですが、あの当時幕府を憎んでいた新政府軍、明治政府軍にとって武家統治のシンボルでもあった城という存在は気に入らなかったんであろうと思います。


今私達が見る事の出来る城や城郭のほとんどは後に修復されたものがほとんどです。
現存する城のほとんどは今では観光名所や地元の名所となり、その城を見る為だけに各地から毎年多くの城マニアや城好き、歴史好きなどが集まってくるようですね。


勿論私もその中の一人であることは間違いないのですがね。
城の中を一般公開しているところも沢山存在しており、中には当時の歴史を知る事が出来る資料や武具などが展示されているケースが多いです。


天守閣に展望鏡などを設備した城も多いので、そういったところでは天守閣からかつての城下町を望む事が出来、まるで戦国大名になったかのような錯覚すら覚えてしまいます。
今はまだそんなに沢山の城郭を巡れてないのですが、時間はたっぷりあるのでこれからどんどん巡ってみようと思います。



Filed under: お城めぐり — 19:21:00

国宝である姫路城へと行ってきました


城が大好きで日本各地の城を巡ってはその写真を撮ったりするのが趣味の私は、先日国宝指定されている姫路城へも足を運んできました。
姫路城は別名白鷺城とも呼ばれる美しい城で、私はその美しい姿に感動すら覚えたものでした。


この姫路城は元々鎌倉時代に造られた城だったのですが、それを後の天下人である豊臣秀吉が改修し、その後は池田輝政が長い期間をかけ今の状態にしたと言われています。
間近で見る姫路城は正に当時の歴史を私に教えてくれようとせんばかりに輝いて見えました。


明治時代に多くの城が廃城令により取り壊されるなか、この城は当時からその保存を訴えていた有志により保存が叶い今の姿を私達に見せてくれています。
本当に素晴らしい事です。


国宝と呼ばれるだけあってこの姫路城には毎年多くの観光客が訪れているようです。
中には私のように一人でカメラをぶら下げた同年代の方も多く見かけました。


私はもう仕事を定年退職しているような身ですが、このように全国各地の城を巡って動きまわってるので、近所の人達からは元気なおじいちゃんと言われています。
孫達もたまには城巡りにつれて行こうとするのですが、なかなか息子の嫁が首を縦にふってくれないんですよね。


まあ嫁も私の事を気遣ってくれているのは分かっているのですが、たまには孫と一緒に城の天守閣から景色を見たいものです。
次は同じく国宝の城と指定されている愛知県の犬山城に行ってみようと考えています。


定年でする事もないのでこのペースでは日本全国の城を制覇するのも時間の問題ですね。




Filed under: お城めぐり — 19:21:00

城のプラモデルを作るのが楽しみです


城は日本の歴史を伝える美しい建築物です。
戦国時代様々な苦難を乗り越えて現代に至っている多くの城は、そのほとんどが一度は焼失したり倒壊したりという事がありましたが、同じ日本人の手によって再現され今でもその美しい姿を私達に見せてくれています。


歴史好きの私は全国各地の城を巡る私が最も大好きなのは岐阜城です。
岐阜城は現在も岐阜県の金華山に存在している城で、元々は斉藤氏の居城でした。


その斉藤氏を滅ぼしその後入城したのが、後に天下統一を目の前にしてこの世を去った織田信長です。
岐阜という地名を付けたのもこの織田信長だというのは有名な話ですよね。


私は現在61歳なので織田信長がこの世を去った時の年齢である50歳を超えていますが、それでも当時の信長はどんな気持ちでこの城下を眺めたのだろうなどと岐阜城の天守閣から思ったものです。
そんな私は城のプラモデルを作るのも大好きで、家でよく作っています。


これがなかなか凝ると面白いのです。
城のプラモデルというのはそのまま組み立てても楽しめるのですが、ジオラマのようにするとその楽しさも倍増し、更に見た目などもとても美しいものになるのです。


城壁部分に少し黒ずんだ色を付けてみたり、堀の色を限りなく水の色に近づけたりする作業は歴史好きには堪りません。
手先を沢山使うのでボケ防止にも役立ちますしね。


今はまだ東海四県の城にしか手を付けていないのですが、いつかは全国の城のプラモデルを作りたいと思っています。




Filed under: お城めぐり — 19:21:00